| LOOK |
| 作者: ぼんくら |
| 2011年 11月 20日(日曜日) 06:27 |
|
ロング ロング アゴー ある家庭に脳性麻痺の子供が居り意識が乏しく 虚ろな目をしているが、何かを訴える目でもあった。 両親はその子の成長の為にある方法でリハビリを 初める事になりました。それには四人の人が必要で 私ともう一人の友人が協力する事になりました。 週一回で一年を目標に手伝いに通いました。 そのハードなリハビリを苦痛にも感じる事無く無表情の ままのその子は半年が過ぎましたが効果は感じられず 期待を裏切られた無念からか、もう止めようかと 母親から細い声がこぼれる 父親はまだ頑張って見ようと元気づける しかし、一年近く経っても効果は無く、 もう、いいよ来なくてーと言われ その子に頑張ったね、元気でなとお別れの声を掛けた えっ、笑った、一瞬の出来事だった。 その後、その家族と再び会う機会は無く過ぎましたが あれだけ強力な愛情を捧げる両親に子供が答えない 筈は無いと、仮に期待が外れたとしても あの子は幸せである事は間違なく、私はそれで満足であった。
愛の形はさまざまである・・・支援に愛がなければタダのビジネスだ 利用者を・・・見る ・ 視る ・ 観る ・ 看る ・ 診る ・? 支援スタッフとしてどれを使ってみる? しかし、目でみても見えないものが多い (メガネかけても?) 心の目がなければ何も見えないだろう (えっ、心臓に目があるの?) 口でごまかすこの業界に本物の目が欲しい。(目立ちたがり屋評論家)
|
オンライン中のユーザ
現在ゲスト 4 人
がオンラインです
![]() | Today | 93 |
![]() | Yesterday | 265 |
![]() | This week | 358 |
![]() | Last week | 1734 |
![]() | This month | 5111 |
![]() | Last month | 9044 |
Today: 5月 21, 2012











